今、変革を迫られる肥満糖尿病治療の基本理念
多くの糖尿病患者さんは、心筋梗塞や脳梗塞などの大血管障害を発症して亡くなったり、また仮に命を取り留めたとしても、その後のQOL(人間らしく生きるための生活の質)を著しく損ねたりします。この傾向は、肥満の糖尿病患者さんでは特に顕著であるため、欧米諸国では、これを糖尿病治療の大きな課題と捉え、頻回のインスリン注射などで、血糖を厳格に下げれば、大血管障害の発症を回避するのではないか、という仮説のもと、多くの大規模臨床試験が繰り返されてきました。しかし意外なことに、心血管イベントを抑制する有益な報告はこれまでにないどころか、一部では、有害かも知れない、という報告すらあります。日本で最も頻用されているインスリン分泌を促進させるDPP-4阻害薬においても同様に、心血管イベントに対する安全性(有害ではない)こそ証明されましたが、心血管イベントを抑制するという結果は出ませんでした。
ここに至り、糖尿病治療の概念を根本から見直す考え方が出てきました。インスリン抵抗性に対する基本理念です。インスリン抵抗性とは、従来、炭水化物摂取過多による肥満や運動不足などが引き金となり、インスリンによる血糖降下作用が減弱する、我々にとって好ましくない、いわゆる”病態”として位置づけられてきました。しかし、そうではなく、肥満における”生体防衛反応”ではないかという考え方です。インスリン作用が増強すると、肥満や脂肪肝を助長し、また、塩分再吸収を促進させて、血圧も上昇することが知られていますが、インスリン抵抗性とは、これらの脂肪毒性、塩分毒性から身を守るために、インスリンの効きをわざと悪化させ、これ以上、肥満にならないように自らを防御するための生体反応ではないかという考えです。インスリン作用を増強して血糖を下げようとする従来の薬物治療は、肥満糖尿病患者さんを保護しているインスリン抵抗性の盾に逆らって、攻撃をしかけるようなもので、治療の本質から逆行します。先日SGLT2阻害薬が心血管イベントを抑制したことが欧米諸国では大変な反響を呼びました。SGLT2阻害薬はインスリン作用とは全く無関係に血糖を下げますが、さらにインスリンとは正反対の作用のあるグルカゴンの作用を強めて脂肪分解を促進します。また、尿細管では、インスリン作用とは逆に塩分を排出します。ですから、インスリン抵抗性の盾を強化すること(インスリンの持つ負の作用を相殺する形で血糖を下げること)こそが、肥満糖尿病治療の本質と言えるかも知れません。